present

 

先日ご紹介した、「神様が書いた4つの詩」という本。

名のない詩人から贈る、「神様が書いた4つの詩」

 

どうしても紹介したい詩がもう一つあります。なぜ紹介したいかというと「生きること」について深く考えることができるからです。

 

どちらかというとこの詩を読むと「生きている」というよりも「生かされている」という感覚になります。

少なくとも私は改めて色んな人に支えられながら生かされているのだと再認識しましたし、そして同時に「生死」について考えることができました。

 

今回もそんな神様からの贈り物を皆さんにお届けしたいと思います。

現在は英語で「present」といいます。

この単語、きっと中学生で習う単語ですよね?その時になぜ気づかなかったのだろうと今になって思います。

実はこの詩の前文にはこう記されています。

 

 

「Yesterday is history」=「昨日はもう過去のこと」

「Tomorrow is a mystery 」=「明日はまだ未知のもの」

「Today is a gift」=「今日は神様からの贈り物」

だから英語では「現在」のことを「present」というのです。

 

 

私は何度か「死」と向き合ったことがあります。

 

身内や友人の死。そして辛いことや悲しいことがあるときっと誰もが「死にたい」「生きたくない」と思ったことがあるはずです。

 

そして現状として自ら命を絶ってしまうこともこの世の中には多くあります。

 

さらに今では子供たちでさえ「死ね」という言葉を吐き捨てることがありますね。

 

正直、私も高校生まではよく「死ね」という言葉を使っていました。

そして死にたいと思うことも何度も何度もありました。

 

ですが、自分が「死」と向き合う反面「生」について向き合わなければいけない。

そう思ったのです。

 

 

だからこそ「生きていることに価値を魅いださなければいけない」ことや単純に「死ね」という、吐き捨てていた言葉も自然と使わなくなったのでしょう。

 

 

この詩を読んで感じたのは「明日は必ず訪れるわけではない」ということ。

 

いつ事故に遭うか、いつ災害に遭うか、それこそが「明日はまだ未知のもの」なのです。

 

そして「昨日」という過去を生きたからこそ神様からの贈り物として「今日」という「present」が頂けるのだと。

 

 

世界にはどんなに生きたくても生きられない人がいる、生きていても地雷や戦争によって満足に生活できない人がいる。

 

そうした世の中を知っているのにも関わらず私たちは当たり前のように「明日が来る」とは思っていませんか?

 

実は東北大震災で親友が津波の災害に遭いました。

 

たまたま宮城にいたのですが車で高台の学校へと父親と一緒に避難したそうですが津波の予報時間になっても津波はやってこなくて

 

父親が止めてあった車のラジオに確認に行ったところ津波が見えてギリギリで避難したと聞きました。

そのとき、毎日私は親友との連絡をとるようにしていました。生死を確認するかのように…。

 

もし、「死にたい」と考えている人が近くにいたらこの詩を教えて、こう問いてみてください。

 

『明日も大切なことですけれど、「今日」という、「現在」という神様からの「present」を精一杯生きてみませんか?』と。