カルマの

 

ポルノグラフィティのこのアルバム、多分一度は目にしたことあると思います。

 

「赤バージョン」「緑バージョン」などと私の周りでは言われていました。

 

実はこのCD小学生のときになぜかポルノグラフィティにはまり母親が買ってくれたんですね。

 

記憶を遡りますが、小学校6年の時一度大雪が降りました。

 

そのときは担任の先生が自由時間にしてくれたんです。でも私は友達と教室でこのアルバムを聴いていました。(今思うとなんて自由なクラス)

 

そしてこの曲の11曲目に入っている「カルマの坂」を聴いたら思わずその歌に自然と涙がこぼれました…。

 

まるでイギリスの少年の人生の一部のような…

 

この曲はストーリー性を感じられる曲です。

 

今日を生きるのに必死な少年はパンなどを盗み、そしてそれを食べ「明日よりも今を生きなければ」

というような歌詞が綴られています。

私の中のイメージでは貧富の差が激しく、彼のように「今を必死に生きるもの」、「そんな彼らの存在を知らないかのように富を得たもの」そして彼は言うのです。

 

“人は皆平等だととどこのペテン師のセリフだが知らないけど”

 

この言葉には「なぜ自分が…」という哀れな想いだけではなく富を得たものに対しての憎しみを表しているかのように聞こえました。「これが平等なのか」と。

この歌詞の前にはこう書かれています。

 

“天国も地獄さえもここよりマシなら喜んで行こう”

 

生きることが辛いのか、ここまでして生きる意味はあるのか、

私たちはそんなこともなく帰る家がある。帰ったら温かいご飯がある。

私たちが彼に会ったら殺されても今なら受け入れることができるだろうと、そう感じます。

 

少女との出会い

この曲はまだ続きます。

“美しい少女に目を奪われ立ち尽くす 遠い町から売られてきたのだろう。 うつむいている少女の瞳には涙が”

 

一目ぼれした彼女を助けたい一心だったのか、彼は彼女を助けます。

しかしもう彼女は魂が抜けたような状態でした。

大人たちを切り殺した後に最期は彼女へその一突きをー…。

 

愛は時に憎悪へと変わるのか、それとも冒頭で歌っていたように生きることよりも死ぬことが幸せなのか。

 

どんな想いで少年は彼女を刺したのでしょう。

 

私はきっとそこに愛があったからこそ殺したのだと思いました。

当時この曲を聴いた時、疑問でしかなかった私はいま年齢を重ね、いろんな形の愛を見てきてそう理解しました。

でもこの曲を聴いた人によると思います。彼の最期の行為について。

いろんなことを考えさせられる曲です。