ゴッホ

 

今回はこちらの映画をご紹介します。

 

実は私、幼い頃両親に伝記をよく読まされていました。

幼少期時代の記憶とはすばらしいもので彼は人生をある程度頭の中に入っていたのです。

 

ですが、絵画に興味を持つようになったこの年に、絵は知っていても

「もう一度ゴッホの人生を知りたい」そう強く思ったのがきっかけです。

“同じ立場にならないとだめなんだと思いました。”

ゴッホの父は有名な牧師でした。彼もまたそういった採用試験を受けるべく面接に行ったのですが、

 

彼はご存知の方もいるとは思いますが「人との距離をとるのが苦手」なタイプの人間です。

ですから面接をすることなく落とされましたが、遠い貧しい地方で活動することになりました。

 

そして神の言葉を唱えているときにある貧民から言われて気づいたのです。

「同じ暮らしをしてみないとわからない」と。

 

同じように労働をし、ベッドも病人にあげ、彼はまるで同じような「労働者」になったのです。

有能な弟のテオは幼少期からゴッホのことを慕っており、兄のことを心配して仕送りなどをしてくれます。

彼はアートのバイヤーです。そんな彼を心配してテオは現れるのです。

 

 

上記はあらすじになってしまいましたが、私は同じように人を教育する場も経験してきました。

 

だからこそ、同じ目線で話す、同じ立場で行う。考えてみてください。

何もやっていない人間がどんどん注文をつけてくるなんて不快な気持ちになりませんか?

 

そういった気持ちをゴッホは知りそして画家になったときも雨風の強い中彼は労働している人たちの絵を描いたのです。

すべてが崩れた瞬間。

 

ゴッホは絵を描いていくうちに「印象派」という画家がいることを知ります。

印象派の画家の中で親友と呼べるほど心を許したのが、“ゴーギャン”です。

 

彼の作品もまた有名ですね。

ちなみに印象派というのは簡単にいうと「目に写った印象で表現する」ということです。

 

印象派に魅了されたゴッホは南フランスに印象派の画家たちを集めてみんなで絵を描きたいを思っていました。

そこに訪れたのはゴーギャンのみでした。

 

しかし、彼が訪れることを嬉しく思い、部屋を用意してあげたりして迎えました。

 

ですが、同じ職業というものは中々うまくいかないですよね。

相手に敬意を表すことができなければそれはそれで言い合いにもなってしまう、才能に嫉妬を覚えてしまう。

 

そんなことも私は学生時代にありましたね。

そしてゴーギャンと言い合いになったある夜、耳を切り落としてしまうのです。

 

私はその瞬間映画を見るのを止めました。いえ、見れなくなったというべきでしょうか。

 

「17歳のカルテ」でもお話ししたように精神病と関わりのある私はテレビ越しに彼の苦しみを十分に味わってしまったからです。

 

何もかもがいやになって、ショックで…。この時にだれか近くにいてあげたら、といてもたってもいられませんでした。

 

なぜ彼が亡くなった後に絵が称えられたのだろう。そればかり考えてしまいます。

彼が生きているときにその絵が1枚でも売れていれば彼の人生はまた違ったのではないかと…。

興味がある方はぜひみてください。