10歳

 

この本は何気なく古本屋で目に留まった本です。一見「小説かな?」と思ったタイトルでしたが、

 

95歳の著者から10歳の子たちに向けた本として疑いながらもパラパラと立ち読みをしていました。

 

たしかに、簡単な漢字にもフリガナがふってあったり、さらに漢字が使われていない箇所も多く存在しました。

 

その瞬間「あぁ、これは本当に10歳の子たちに向けた本なんだ」と感じ取りました。

 

私がこの本に出会ったのは22歳と12年も経ってしまったころですが、当時この本に出会っていればまたなにか違ったのかな?という思いになれた本です。

今回はこの本をご紹介します。

著者、日野原重明さんの想い。

 

この本の冒頭には詩が書かれています。そして、その詩のあとには書き出しとして著者の想いが綴られています。

 

彼は95歳になっても大きな病院で働く現役の医師だそうです。医者というのは不規則な生活もありますし、

病棟に泊まったり、命と向き合う仕事ですから忙しく家に帰る時間のない日々だと彼は言っています。

 

 

この本を出版するきっかけになったのは、彼は子供が寝ている時間に出勤をしてまた、子供が寝ている時間に帰宅をするすれ違いの生活を送っていたからだそうです。

 

 

「あのとき、もっと子供と話せたら…」「子供と遊んでいたら」という親としての後悔があったそうで「きみ」にあたる“子供たち”へとゆっくり話すためにこの本を書いたそうです。

 

 

実は私も小学校のころ、両親は兄につきっきりでした。

なぜかというと兄が少年野球で父がその監督、母がスコアを記録する人という野球家族でした。

 

週末はもちろん試合や練習につきっきりで私は兄の友達の妹や弟の世話をする係として連れていかれました。

 

もちろん家では口を開くと野球の話題であり、私がわかる話は一つもありませんでした。

 

「学校でどんなことがあったのか」「誰と遊んでくる」などは特に会話として記憶にありません。

 

だからこそ、著者の想いのように私自身「ゆっくり話せる時間」がほしかったのでしょう。

変わり映えのしない、なんでもない毎日も人生の大きな宝物です。

 

これは10歳の子供たちだけではなく私は「今の社会に生きる大人」に言えることだと思いました。

 

毎日同じ電車に乗って会社へ行き夕方過ぎまで仕事をする。

そして帰宅ラッシュの中家に帰りお酒を飲みながら夕食をとる。

お風呂に入って何気なくテレビを見てベッドに入りまた同じ一日が始まる。

 

 

こんな経験誰もがしていると思います。

私も専門職でありながらもそう感じた日々があります。

そういったひとつの「ルーティン」が負のサイクルとして受け止めてしまったんです。

 

私はまだ色んな幅へと広げられる仕事ですが、それぞれのお仕事にもよると思いますが考えてみてください。

特に男性は「これがあと30年以上も続くのか」と思ったりしませんか?

 

でも、著者は

 

「変わり映えのしない、なんでもない毎日も人生の大きな宝物」

 

だと述べています。

 

私たちはこの言葉を知らなかったために毎日仕事に追われ、体力を奪われ「負と感じるサイクル」だと受け止めてしまったのではないのかと思います。

 

ある意味ではポジティブな思考だと思いますが、この言葉には「強さ」がありますね。

 

 

その過ごしている日々が「宝物」になるのであればキラキラとしたものにしたいですよね。

純粋に子供ならそう思います。

 

現実を知っている私たちにとって今そう思うことは難しいことかもしれません。

でも、そう思うことで何か新たな光が差し込むのであれば私はそう思いたい。

 

今回は一節紹介しました。

 

もちろんこの本を読んでいただきたい気持ちはありますが、できれば家庭のある人はお子さんとコミュニケーションをとってください。それが著者の後悔であり、想いです。